こんばんは。327です。
今日も一日お疲れ様でした。
通勤中にふと目に入った光景が頭から離れなくて、今日はそのことを書こうと思います。
駅のコンコースで弁当を食べる人たち
電車を降りて改札へ向かおうとしたとき、コンコース内のベンチにいろんな人が座っていました。
子どもから大人まで、まさに様々。
そしてみんな、お弁当を食べていたんです。
なかでも目に止まったのが、スーツ姿のサラリーマン。
自分のカバンからごそっと弁当箱を取り出して、ガッツリ食べていました。
なんか、いいなと思ったんです。
誰かが作ったのか、自分で詰めたのか、それはわからない。
でも、あのお弁当には「誰かの時間」が入っているような気がして、しばらく足が止まりました。
子どもに持たせるもの
うちでも毎朝、子どもに水筒を持たせます。
中身は水。シンプルですが、キャップをしっかり閉めて、鞄に入るか確認して、「忘れんなよ」って渡す。
その数秒が、なんか好きなんですよね。
お弁当は平日にはあまり持たせませんが、休日や出かける日はなるべく家から持っていくようにしています。
当日家の中にあるものを適当に詰めるだけ。車の中で食べさせたり、公園で食べさせたり。
それって単なる節約以上の価値がある気がするんです。
弁当って、渡す側の話でもある
食べる人だけじゃなくて、作る人・渡す人の気持ちもそこに詰まってるんだなと。
子どもが「おいしかった」って言ってくれる日は、それだけでちょっと嬉しい。
言ってくれない日も、まあいい。食べてくれたならそれで十分です。
水筒も、空っぽで帰ってきたときは「ちゃんと飲んだんやな」って安心する。
駅のコンコースって、そんな場所だったっけ
それにしても、なぜかみんないい顔して食べてるんですよね。
弁当を詰めてくれた人の顔を、一瞬でも思い出しているんでしょうか。
日常の喧騒のど真ん中で、そんな時間が流れている場所。
違和感と、妙な納得感が入り混じる。
でも、とても気持ちのいい場所でした。
なんの話なんだ、というバスケが全く出てこない日常の風景でしたが書いてみました。
今日も読んでいただきありがとうございました。
明日もお互い、ぼちぼちやっていきましょう🙏



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